045―カクゴ

僕は日記を閉じる。

なんだかこの日記を見て、僕は人間らしいと思ってしまった。

人には表と裏の顔がある。

当然だが、僕から見た世界と他人が見た世界の評価は異なる。

だから全ての人から見て、善人なんていう人はいないし、絶対的な悪も存在しない。

漫画の世界では、絶対的な強者であるヒーローが、絶対的な悪者である敵を懲らしめるけど、そんなのは間違っている。

欺瞞観念に支配された人間の妄信、エゴでしかない。

勧善懲悪が通用するほどこの世界は甘くはないのだ。

――希望。

誰のための希望で、何のための希望なのか。それぞれの希望がぶつかった先にあるのは、ただの絶望ではないのか。

この村の過去が絶望に行き着いたように、今この村が行き着く先はきっと絶望なのだろう。

この部屋の空虚はその絶望の答えなのかもしれない。

結局、僕も人間で、絶対的な善人にはなれない。皆が幸せになれる選択肢なんて存在しないのだ。

「にーちゃん、着いて来て」

僕はマドハンに連れられて、屋敷の外へ出る。純真無垢なその瞳には、何が映っているのだろうか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

唯一の村の出入り口だった場所。
今では向こう岸に決して渡れない。マドハンは僕に何を見せたいのだろうか。

「にーちゃん、今石持ってる?」

僕はポケットに入れたままだったしあわせの石を取り出して、マドハンに渡す。

「結局この石のせいで村はあんな目に会ったんだよな?」

村人を変貌させたこの石がこの村を破滅に導いた原因の多くを占めていたのは紛れもない事実だ。
しかし宇宙人の襲来自体はきっと避けられなかった。そんな可能性を掘り返したって何の意味もないが。

「みんなの幸せを願って作られたこの石が、この村を不幸にしたんだもんな」

マドハンは決意を固めて、しあわせの石を握る手をグッと強く、きつく締める。

「人間ってどうしようもないけどさ、良いところもあるんだぜ」

何となく彼のやろうとしていることを理解した。その石がなければ、もう誰も守ることはできないし、極端に言えば、勝ち筋の一つを消してしまうことに等しい。デメリットを覆い隠せるほどのメリットがその石にはある。

「宇宙人も人間も本質的には変らないけどさ。にーちゃん知ってるか? 過去は変えられないけど、学ぶことはできるんだぜ」

マドハンは僕に質す。

「要するに、みんな成長するんだよ。おれらも成長すればいいんだ」

かつて三人の人間と三人の宇宙人が村を変えようとした。結果は失敗に終わったけど、何も残らなかったわけではない。
マドハンの覚悟を聞いた以上、僕も覚悟を決めなければいけない。

「後悔しないね?」

「うん」

「好きにしていいよ」

マドハンは真下に広がる清流に、握りしめていた石を放り投げる。
石は落下して、流れに呑み込まれる。

もう引き返せない。

「マドハンはこのゲームをどう終わらせる?」

僕は下に落ちていった石を眺めながら、マドハンに尋ねる。

「どんな過去があっても、今やってることは決して許しちゃいけない。なら全力でぶつかって、こてんぱんにしよう。勝って一緒に後悔しよう。そこから見える景色がにーちゃんの答えだよ」

自分の信念、過去のためにゲームを始めた黒い外套。

人間に、宇宙人に二度裏切られた過去を背負いながら、必死に今に馴染もうとする二人の宇宙人。

そして――未来のために成長する人間。

「信じたいと思ったことを信じればいい」

「何それ?」

「さぁ?」

今ならこの言葉の本当の意味を理解できそうだ。僕らは清流の余韻に浸りながら、この場を後にする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

現在時刻は二時半。

議論までまだ少し時間がある。マドハンと今後の動きを話しておかなければならない。

唯一の出入り口が唯一でないことを知った以上、彼にはリスクが伴う重要な役を押し付けてしまうことになる。

なんにせよ僕らはこの村の過去を知ったにすぎない。

本当の戦いはこれからだ。

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