

039―カギ
三階には、鍵の掛かった、開かずの部屋が四部屋存在する。
鉱山の経営主兼村長のバート、夫人、息子、そしてもう一人家族構成から外れた人物、この四人のプライベートルームがある。
前回の探索では来ることができなかった部屋だ。
マドハンの手柄によって、この四部屋の内のどれかは開きそうなのだが、当然、鍵の形状を見てもどの部屋が開くのかはわからない。
一つ一つ虱潰しに開けていくしかないだろう。
気になるのは、やはりバートの部屋に、家族構成にない人物の部屋。
後者の部屋は使用人にしては格が高すぎるように思える。だから建設時に、子供を二人生む計画を立てていたと考えるのが自然だろう。
「この屋敷で働いていた使用人はどこに住んでたんだ?」
マドハンはこの屋敷の内装に詳しくない。
気になったのだろう、僕に質問を投げかける。
「他の町からこの村に毎日通うのは考えにくい。僕らが寝泊まりしている二階の部屋か外にある家屋に住んでいると見ていいと思うよ」
そう言いながら、僕はバートの部屋の鍵穴に鍵を差し込んだが、ガッという音が鳴るだけで、鍵は回らず開かない。外れだったようだ。
「この屋敷っていつ建てられたの?」
「具体的にはわからない。この村はウラン鉱山の経営以外の収入源はほとんどない。それこそ宇宙人がこの村に来るまで、地理も悪いし、この村が貧乏だったのは容易に想像できる。だから宇宙人がこの村にやって来た1929年以降に建てられたものだと思う」
1933年まで五年間。この間に村民は相当な天国を味わっていた。
まさに有頂天。後に地獄に叩き落されるとも知らずに。
次に開けようと試みたのは、空き部屋だと予想する家族構成にない人物の部屋。
だが開かなかった。
「ウランって原子力以外に用途あるの?」
「今はほとんど核燃料にしか用途はほぼない。ただ昔はガラス工芸に使われていた。世界がウランの利用価値に気付くまで、この村は、宇宙人はこのウランで利益を出していた。この鉱石は絶対利益が上がる、四、五年後には何百倍でも何千倍でも価値が上がる、こう言って、各所に売りつけたんだと思うよ。しあわせの石を使ってね」
現代でも見る典型的な詐欺行為だ。
それでもウランの値が上がるのは紛れもない事実なのだが。
次に来たのは息子の部屋。優先度は低いが、何もない訳ではないだろう。
だが鍵は合わない。
「しあわせの石を使っていて、何か違和感なかった? こう心の奥からモワーって来る感じの」
マドハンはジェスチャーでその感覚を伝えてくる。
議論の時は、妙にハイだった。
僕は議論やスピーチが得意な人間じゃない。多少の演技はしていたけれど、あんなこと言うつもりはなかった。そして夜時間。妙に冷静でいられた。生死を賭けた鬼ごっこだったはずなのだが。
「確かにあった。だけどそれはしあわせの石がサポートしてくれたということじゃないのか?」
「うーん、ちょっと違うんだよね。とりあえず気持ち悪くなったらすぐに捨てた方が良いよ」
マドハンの過去の経験則から来る忠告。万能の石に隠された副作用のようなものだろうか。
「お、開いた」
最後に残った夫人の部屋の扉が開いた。
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パーラーと同様に壁紙は花柄。部屋は清潔に保たれており、定まるべきところに定まるべき物がキッチリと置かれている。ベッド、ソファ、ドレッサー、花瓶。家具は華美に装飾され、エントランスや他の部屋と同様に、豪華絢爛の一言に尽きる。
典型的な金持ちの部屋だ。
ただ所々に持ち主のセンスを疑わせてしまうようなインテリアが飾ってあった。
違和感しかないこの部屋に僕は底知れない恐怖を感じていた。
「びっくりした」
驚いたマドハンが手に取ったのは西洋人形だった。
部屋とお揃いのロココ調のドレスを着て、パッチリとした二重に、端正な顔立ち。その完璧な姿、形にどことなく気味の悪さを感じてしまう。
西洋人形はこの部屋の中ならまだまともな方の部類だろう。
「にーちゃん、この部屋の持ち主相当趣味悪いぜ」
マドハンは絵画を見てそう呟いた。
中央に座る女性。そしてその膝にうずくまる猫。構図や題材は一般的な絵画と変わらない。
バロック絵画のような色彩と明暗。
ただそこに写る登場人物一切に、全く生を感じない。
ベクシンスキーの絵のような露骨に狂気や混沌を押し出したものではなく、内側から漂う不気味さというか、狂気がある。
そしてこの不気味な絵画は妙にこの部屋に馴染んでいる。
「さっさと出ようぜ」
一通り部屋の探索を終え、これと言って重要な物はないとわかった。ただステラの部屋にこの部屋の鍵を隠されていた以上、何かあるはず。
「もう少し探そう」
僕らは先ほどより綿密に部屋の探索を行う。部屋にある引き出し、インテリアの数々を徹底的に調べ上げる。そして探索から三十分以上経った頃に、花瓶の奥底からある物を見つけた。
「マドハン、次の部屋に行こう」
ポケーっとした表情をしたマドハンに説明してやる。
「クレトンの部屋からこの部屋の鍵を見つけた。そしてこの部屋からまた新しい鍵を見つけた。何か意図があって、発見しにくいデスクの裏や花瓶の奥に隠したなら、きっとここから辿り着く最後の部屋に僕らの知りたいものがあるはずだ」
「次の部屋にまた鍵があって、その次の部屋にもまた鍵があるのか?」
「そういうことだと思う」
でなければわざわざこんな面倒くさい場所に隠すだろうか。僕らに知らせたい真実がある。
だがそこに辿り着くには対価が必要だ。
――この村の真実を知る者からの挑戦状。
「行こう」
「オーケー!」
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