

033―イッポ
議論開始から五十分ほど経った。
僕の心を支配していた狂気は僕の沈黙と共に徐々に消え去っていった。今の僕は冷静だ。
あれからマイアはシャディ追放を主張し続け、その度に議論は混乱を極めていった。
僕の投票予想はシャディ三票、マイア三票。
マイアに僕とフセイン、僕に宇宙人二人の票は確実。
重要なのは人間であることが確定したミラの投票先だ。
僕が昼、彼女に接触したのは彼女の票をマイアに入れさせるためだ。彼女に状況を整理させ、僕のような宇宙人を騙る人間がいても可笑しくはないということを暗に伝えた。
そして議論中はかなり迷っていた。
彼女を疑わせてしまうのは、心が本当に痛かった。信じたいと思ったことを信じたいと言った彼女。もし彼女が今でも僕を信じてくれているのなら、このゲームを必ず僕らの勝利で終わらせる。
僕は死んでいった皆のためにも、その希望を背負っていかなければならない。
「勝ってみせるよ、ブレンドン」
誰にも聞こえないくらい小さな声で僕はそう呟く。
「みなさんどうしますか?」
様々な憶測が飛び、混迷を極めていた議論をガレンが制止させる。
「もうこんな風になってしまった以上、人間側は票を揃えるべきでしょう。私はシャディに入れます」
ガレンは最終的に僕に投票することに決めたようだ。
「俺もシャディに入れる」
続けてハリムもそう告げる。
「ミラさんもお願いしますね」
ガレンの双眸がミラに向けられる。
「…………」
ミラは何も話さない。これが彼女の答えなのだろうか。
ガレンの表情は露骨に曇っている。飄々としていて掴みどころのないと思っていたガレンからは想像できない面持ちだ。
「ガレンさんは僕をどうしても追放したいようですけど、残念でしたね」
僕はガレンを煽る。ガレンは煽りには慣れていないだろう。完璧主義的な人間は、今まで失敗を重ねたことないから完璧に拘る。僕の挑発にガレンは露骨に眉をひそめる。
「いいでしょう。望み通り三対三のランダムで勝負するしかありませんね」
そうして議論開始から一時間が経ち、黒い外套は議論を終わらせる。この三日ずっと変わることのない白紙の投票用紙を皆に配り、いつもの言葉を告げる。
「三分だ。投票用紙に名前を書け」
さて、どうなるか。
理想はマイア四票に、僕二票だが、現実的には三票、三票で収まるだろう。
僕はポケットからしあわせの石を取り出し、握りしめる。今日の追放、襲撃はもはやこの石に頼るしかない。
議論が始まるまで、僕はこの石の性能を今一度確認していた。マドハンの言う通り、この石には本当に不思議な力がある。リュックの中に入っていたトランプカードを使って、どの程度確率の変動があるのか調べた。わかったことは、確率自体が全体的に上がっているということ。
そして二分の一ならまず自分の思うようになるということだ。
皆が投票用紙に名前を書き終わり、そして回収されていく。黒い外套はゆっくりと用紙に記された名前を確認して行き、しばらくして死を告げる重低音が僕の心に揺さぶりをかける。
「マイア三票、シャディ三票。投票はランダムだ」
黒い外套はサイコロを取り出す。不正がないことを確認させるためだろう、一人一人に取り出したサイコロを見せる。
「シャディ、奇数か偶数どっちを選ぶ?」
奇数か偶数。確立としては二分の一。五十パーセント。
「僕はどっちでも。先に彼女に選ばせてあげてください」
「……奇数で」
僕の発言に続け、彼女も続ける。
「なら僕は偶数です」
どっちを選ぼうが大差はない。しかし僕の癪に障るような発言にマイアは苦悶の表情を浮かべる。
「マイア奇数、シャディ偶数で間違いないな? それでは運命のランダム追放だ」
僕の強気な態度とは裏腹に、この石が強大な力を秘めていようと、どうしても不安が脳裏をよぎってしまう。ここまでは全て想定内、策の内だ。だが万が一という可能性を考えず、今もこの石を過信している。今の今まで順調にこの状況まで持ってくることができたが、このまま順調に行くとは限らない。
いやマドハンから託された希望を、そして意思を信じてやれないでどうする。
僕が追放されれば、人間サイドの負けだ。マイアが追放されれば、僕らは一歩勝ちに近づく。勝算がなければここまで無理はしていない。
大丈夫だ、必ず勝てる。
黒い外套はサイコロを皆が見えるよう頭上まで持ち上げ、ゆっくりと腕を下ろし、その手からサイコロをテーブル上に放つ。
ここからではサイコロは見えない。
黒い外套は両腕を上げ、サイコロに触れてないことを確認させる。
「五。奇数。今日の追放は――マイアだ」
心臓の動悸が、緊張が少しずつ収まっていく。
表面上は強気に見せていた態度も、内心は脆弱で簡単に壊れてしまいそうだった。
しかし、実感なき勝利を得て、少しずつ自分を取り戻していく。
僕は勝った。初めの小さな一歩だが、それでも僕にとっては大きな一歩で、希望の一歩だ。
勝てた。僕にだってできることはあった。
安堵感ともに脱力感が僕を襲う。緊張の糸が切れ、足腰の支える柱がふらついている。僕は深く息を吸い込み、吐く。
こうして心を落ち着けていなければ、倒れてしまいそうだ。
「…………」
マイアは何も話すことはなかった。その顔は悲愴に満ちていた。
僕は素直に勝利の余韻に浸ることはできなかった。
「屋敷外に来い」
今日もあの花壇前で処刑が行われる。
彼女だって生まれた場所が違えば、普通の人間だったのだろうかと考えてしまう。なんとなくこの村で過ごす日常で、人間も宇宙人も本質は同じなんじゃないかと思ってしまうのは無責任だろうか。
僕が自らの手によって下した相手だ。
多少なりとも罪悪感はある。
ただやはり残虐非道な奴らの行為は許せない。
優しさは罪だ。容赦なく今は彼女の最期を見届けてやる。
ブレンドンがいなくなって、難くなに単身銃を握ろうとしなかった僕とミラとハリムの代わりに、ガレンがその単身銃を手に取り、その銃の質感やら、使用法を一つずつ確認している。
「マイア、最期に残す言葉はあるか?」
マイアは答えない。ゆっくりと、静かに僕らの許から離れて行く。
その姿はいつもの彼女と同様に、どこか可憐で、優雅さがある。彼女のミステリアスの中にあるものが、本当に残虐で、陰惨な、ドス黒い感情なのか。
人間の感情を少しでも持っていようものなら、僕らは始まりを間違えてしまったのではないか。
パアァァァァン!
彼女はにっこりと笑っていた。それと同時に、一粒の涙が頬を張っていくのも見えた。
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