

032―キョウキ
静寂。
人間も宇宙人も、誰も何も口に発しない。
皆は各々の表情を浮かべるが、共通して僕に対する忌避感だけはわかる。
今、僕はかつて味わったことのない高揚感の中にいた。
雲の上にあった勝利を目前にした喜びなのか、僕の内に秘めた狂気なのか。
これが極限状態における無敵感なのだろうか。
「フセイン。あなたはこのゲームに何を望みますか?」
僕はフセインに質す。
彼は質問の意図が掴めないのか、数秒の沈黙の後、こう答える。
「自分が生き残って、宇宙人が勝てばそれでいい」
フセインの答えに驚愕する者もいるようだ。
普通ならフセインが人間であるという可能性はまず出てこないものだろう。今日の状況からそのように考えることもできるが、フセインのようなイレギュラーがいるとは誰も思うまい。
フセインの発言は自分が宇宙人ではないことを示している。
そのままの意味で捉えない者も当然いるだろうが。
「今日あなたが追放されれば、僕らは勝つが、あなたは死ぬ。ならこの状況はあなたが望むものじゃない」
宇宙人はまずこの選択はしない。
単純に考えて、今日フセインを追放してしまえば宇宙人の勝利だからだ。
だから今の僕の発言は、フセイン自身にも、人間にも猜疑心を生んでしまう。
いや、そうなるように仕向けた。
「確かにそうだがそんなの意味あるのか?」
フセインから見て宇宙人である僕がフセインを追放しないことに意味があるのかということだろう。
「あなたは僕らと苦楽を過ごす決意をした。ならば僕らは完璧なる勝利を目指す。僕らはあなたを殺さない」
僕は適当な言い訳をする。
宇宙人側が潜伏し続ける以上、フセインを追放しないという選択はリスキーだ。論理的に考えて、フセイン追放という選択が最も合理的だ。
しかし今はフセインただ一人を騙すことができれば、何の問題もない。
その説得方法が論理的でなかろうと彼一人が僕の駒となればいい。だから僕は狂気を演じ続けなければならない。
「あんたは昨日、ブレンドンとあの薬品の話をしていたな。あれは何だったんだ?」
ブレンドンが薬品の話を切り出した昨日の昼。これは僕とブレンドンとそれを静観していたフセインだけが知っている情報だ。
皆を蚊帳の外に出して、フセインはこの話を口にした。
「ブレンドンは皆の希望でした。そして今は絶望の踏み台になった。ブレンドンは僕の正体が何なのか知らずにペチャクチャと話してくれました。あーそう、そう。あの薬はなんて言いましたっけ?」
僕は心にもないことを言ったが、フセインに無駄な不信感を持たれぬよう、すぐさま話の転換を図る。
「T-001aだろぉ?」
「そうでしたね。ブレンドンからあの薬に宇宙人の細胞を入れると薬品がピンク色に染まるって聞いていたのですが……」
僕は予め用意しておいたピンク色の試験管を取り出す。僕がピンク色に染まったT-001aを皆に見せびらかすように頭上に上げると、場がざわつくのがわかった。
「昨夜、ブレンドンの部屋に置いてありましたけど、もしかしてこれのことだったのですか? これシャディって書いてありますけど、僕に使いましたね」
ピンク色のT-001aなど元から存在しない。これは僕がミラの『人間』を証明した無色透明のT-001aに、バートの仕事部屋で摂取したブレンドンの血液を用いて作成した物だ。
フセインを確実に騙す、いや信用させるように偽装したピンク色の薬品。
昨日フセインが小細工で皆を騙したように、僕も騙す。
フセインの反応はどうだろうか。
「……それで、今日は誰に票を合わせる?」
フセインは怪訝そうな表情をしながらも、今日の追放先を聞いてきた。
薬品の偽装は成功か。フセインは僕の正体を疑っていないようだ。
ただフセインが宇宙人の勝利に執着しなければ、そもそも僕を疑う必要もないだろう。
僕がこうして場に出てきたことによって、僕の中でフセインが人間であるということが証明された。フセインが人間であり、宇宙人の味方をしている以上、追放されることも襲撃されることもない。僕が宇宙人であってもなくても、フセインが得るものは最終的に、本当の勝利を手にした自分か、プライドを捨てた自分のどちらかだ。
自分は生き残ることが確定したと、少なくとも本人はそう思っているのだろう。明日までは。
「今日の追放は……マイア。あなたです」
マイアの双眸が僕に向けられる。マイアは確実に宇宙人だろう。昨日の発言も、それに彼女は僕の仕掛けた釣り針に見事に引っ掛かった。ここで名前を上げるのはマイアしかいない。
「私は……」
予想だにしなかった僕の登場に、そして僕の上げた自身の名前に、マイアは沈黙してしまう。
今、彼女はどう答えればいいか考えているのだろう。
マイアにできる選択は一つ。自分が人間であると主張すること。そして皆にシャディに投票してと伝える。
彼女から見れば、投票はシャディ四票、マイア二票。
追放は僕で襲撃は他の人間に、そして宇宙人側の勝利だと考えるはずだ。彼女はこの選択を取るしかないだろう。
もう一つ選択を上げるなら、自分が宇宙人であると伝えること。この選択はリスキーでリターンも少ない。僕に議論のマウントを取られたくないと考えるなら、この選択をしても良いだろうが。
彼女はそうしないだろう。
「私は人間です。皆、今日はシャディに入れて。こうなってしまったのは、もうどうしようもないけれど、投票は三対三で運に任せるしかないわ」
三対三というのは当然ながら内情を知らない人間目線の発言だ。迂闊に口を滑らせるようなことはなかったが、
しかし誰も反応しない。
「みんなどうしたの?」
「もしかしたら、シャディさんが人間の可能性もあるんじゃないのかなって……」
そう答えたのはミラだった。ミラは僕に対しても、マイアに対してもしっかり疑いを持っている。
彼女が冷静でいてくれて良かった。
「そんなはずないでしょ。彼は宇宙人。フセインが偽者だったなら、ブレンドンは本物よ?ブレンドンの薬品が彼を人間でないことを証明している。本人もそう言っているし、彼が人間でないのは明らかよ」
マイアは皆を必死に説得しようとする。今、彼女ができることは自らが追放されないように、僕に疑いを擦り付けることだ。
「シャディが人間である可能性は十分あると思いますよ」
ガレンはそう答えた。
ひとまず三対三のボーダーを越えることはできるだろう。しかしこの流れは僕の望むものではない。徹底的に僕を疑わせる。そうでなければ、僕が宇宙人として名乗りでた意味が無くなってしまう。
「皆、僕を信じているようで。でも残念ながら僕は宇宙人ですよ」
「まぁ、自分はシャディが宇宙人だと思いますけどな。人間がこんなことするのはデメリットしかない。そうだよな?」
フセインは僕を宇宙人だと思ってくれているようだ。彼の言う通り本来ならば、人間が自分の正体を宇宙人だと告げてしまうのは、リスクある行為だ。
「ハリムさんはどう思いますか?」
ガレンがハリムにそう尋ねる。ハリムは未だに失意の波に溺れているようだ。その目に光はない。
「俺は……シャディは宇宙人だと思う」
そう答えて後は黙ってしまった。
「ただ私たち人間側の票が割れてしまうのは、奴らの思う壺でしょう。ここで外してしまったら私たちの負けです」
ガレンは人間側の意思を統一しようと皆に呼びかける。
「そうだ。僕が望むものは三対三のランダム投票。そうでなければ僕らが勝ってしまうよ?」
僕は皆を煽る。煽って議論を混迷に、無秩序にする。
「僕を人間だと思うなら、マイアに入れればいい」
「宇宙人でも、人間でもそんなことは言わない。三対三のランダム投票なんてどっちの陣営も普通言いませんよ。やっぱり解せない。あなたは何なのですか?」
ガレンが僕の言葉に食って掛かる。
「だから僕は宇宙人ですよ。そんなに正体が不安なら僕に入れたらどうですか?」
「本人もこう言っている。人間側はシャディに入れて」
僕とマイアの意見が皮肉にも一致してしまう。
彼女がこう言うのは当然だ。
僕が勝手に一致させているだけ。
そうして長い沈黙が続く。
皆の頭には、なぜシャディがこんなことを言うのだろうかという懐疑心と対立するはずの僕とマイアの意見が一致してしまうという謎の違和感。
猜疑心の種が着々と開花している。
「……フッ……フフフフ。アッハッハッハッハ!」
今日僕がすべき仕事は終えた。
もし投票で僕が勝った場合、今日の夜、本物の宇宙人を追放した僕を間違いなく襲いに来る。
でなければ宇宙人が人間と宇宙人が同数になったにも関わらず、ゲームが終わらないという矛盾を生じさせてしまう。
今更、追放したアンジョーやクレトンのどちらかに宇宙人がいたと主張するのは無理がある。
だから宇宙人を騙った僕を奴らは必ず襲いに来る。
そして明日、利敵行為をし、ブレンドンを殺したフセインを追放するための布石も打った。僕の作り上げた完璧なまでの流れに笑いも込み上げてしまう。今は自然と湧き上がってしまうこの狂気が心地良い。
「……アッハッハッハッハッ……」
僕の勝ちだ。
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