

031―シハイ
元々十人いたこの食堂も一人一人と消えて行き、今では六人になってしまった。テーブルの外周を見ると、改めてこのゲームの狂気に飲み込まれてしまいそうだ。
フセインをいかに騙すかが今回の議論の鍵になる。
昨日、フセインは重大なミスを犯した。
なぜフセインは皆を煽るように、自らの正体を露呈させてしまったのか。
今日予想される議論展開がフセインの望んだものかはわからないが、少なくともフセインは自らの正体を現すべきではなかった。
フセインが正体を明かさなかった場合、ブレンドンは襲撃対象にはならなかった。
なぜなら議論で、確実に怪しまれるであろうブレンドンを追放してしまえば、宇宙人サイドが勝つからだ。
フセインが正体を明かさなかったら、当然僕はフセインが人間であるという事実に気付かない。ましてや昨日の投票は、フセイン三票に対しクレトン四票だった。フセイン票は確実に僕とブレンドンとクレトンのはず。だからフセインかブレンドンの真偽がつかない人間が少なくとも二人いたことになる。
クレトン票の内訳は、フセイン宇宙人二人、真偽のつかなかった人間一人だ。残りの一人は票自体を入れていなかった。
その二人が少なくともブレンドンに票をいれる可能性がある以上、フセインが取るべき最善手は、正体を明かさないことだった。
だから昨日のフセインの取った行動は本心で、エゴが生んだ慢心なのだ。
そこに僕はフセイン攻略の鍵があると思っている。
「それでは議論を始めよう」
黒い外套の三度目の議論開始のサイン。ここから一時間に渡る長いようで、短い言葉の殴り合いが始まる。
深呼吸をして、心臓の鼓動を抑える。失敗したら僕らの負け。だがやるしかない。
僕ならできる。
ブレンドンの希望の灯をここで絶やすわけにはいかない。
「みなさん昨日はよく寝れましたかな?」
開幕、フセインによる煽り。フセインは本当に人を小馬鹿にする発言が好きなようだ。
「皆、今日はフセイン追放でいいんじゃないかな? 昨日の発言からどう考えてもフセインは宇宙人だと思うんだ」
僕は皆に呼びかけるようにそう口にした。
フセインを動かすのは宇宙人に対する狂った信仰心。
ただ今日の議論で重要なのはフセインの生存意欲。
フセインが自分の命を捨ててまで宇宙人の勝ちを望むのなら、僕らの勝利は危うい。しかしながらフセインが少しでも打算的に宇宙人の味方についたとしたなら、フセインが信仰よりも自分の生存を考えているのなら、まだ僕らに勝機はある。
今日の議論で宇宙人がフセイン追放の流れを作ろうとしているのはわかる。
だから僕はあえてその流れを生む発言をする。
フセインの生存意欲を図る一手。そしてこの発言に乗っかる宇宙人を釣るための一手だ。
「は? どうして僕が追放されなきゃならないんだぁ?」
知りたかった情報を一つ得た。フセインには生存意欲がある。
彼が完全に狂った人間でなくて良かった。僕の先ほどの発言は、この議論が始まる前から言おうと決めていた。フセインに生存意欲がなかった場合は、皆にこの状況を正面から、誠心誠意、説明して何とかフセインの追放を回避する。
しかしフセインには生存意欲があった。ある意味僕が望んでいた方向に向かった。
「そうね。フセインは明らかに人間ではなさそうだわ」
そして今まで考えていた可能性が確信へと昇華する。
彼女は最初の議論から妙に攻撃的だった。どうしても強引に流れを作ろうとしている印象が拭えなかった。誰かに乗っかろうとしている発言も多かった。
そこまでは生存欲の強い人間にも言える。
だからまだ彼女が宇宙人である可能性は追っていなかった。
しかし昨日の議論で彼女がフセインに加担していたのを見て、僕の中に可能性が芽生えた。
彼女は今明らかにフセインを切り捨てようとしている。宇宙人ならフセインが宇宙人の皮を被った人間であることも知っている。今この発言により可能性は確信になった。
――マイアは宇宙人だ。
書斎で本を読んでいた彼女が、日常のどこにでもいそうなそんな彼女が宇宙人。改めてその擬態の能力に驚くばかりだ。
どうやってマイアを追放に持っていくか。正攻法でマイアは宇宙人だと皆に伝えるとどうなるか。宇宙人の味方を貫くであろうフセインとマイアとその相方が僕に票を入れる。僕が人間を完全に説得できたとしても、投票は三対三。
ランダムによる投票は構わない。僕はこの二分の一の確率に勝つ自信がある。問題はその後。
僕はもう誰も犠牲者を出したくない。それは夜の襲撃であってもだ。僕はそれを可能にできる。ただそのためには襲撃先を読まなければならない。今日僕がやるべきことは、マイアを四対二、ないしは三対三の投票まで持ち込めるよう議論をコントロールすること。
そして宇宙人の襲撃先を確実に僕に誘導すること。
正攻法の戦いでは前者はともかく、後者も危うい。ならどうするべきか。
「そうだな。ならフセインの追放はやめよう」
僕は先ほどの自分の発言を覆すような言葉を発する。マイア含め僕の掌返しに皆戸惑っているように思える。
「解せないこと言いますね、シャディさん」
ガレンが眉間に皺を寄せ、僕の発言に突っかかる。無理もない。人間サイドも宇宙人サイドも僕の行動に驚きの声を上げるのが当然だろう。
「そうですか? 確かに解せないかもしれませんね。僕が宇宙人じゃなきゃね」
僕の発言に、違和感に食堂の空気は凍り付く。
僕は狂気染みた笑みを浮かべた。
初めは小さかった笑いが、だんだんと大きくなっていく。
「バカなキミ達に教えてあげます……僕が……宇宙人だ」
僕は笑うのを止めると、一瞬のうちに食堂を静寂が包み込んだ。
このゲームを支配するのは宇宙人じゃない。
――僕だ。
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