

030―ジュンビ
目的地に向かう前に、ブレンドンから託されたある物の処理を考えなければならない。
ハリムに手紙を渡すべきか否かだ。
ブレンドンはこの手紙を直接ハリムに渡すのではなく、僕に委ねた。彼のことを信用しているなら、手紙を渡して欲しいと。
ただ残念ながら僕に彼を完全に信用できる根拠はない。
ハリムは昨日からずっと様子が可笑しかった。議論中は上の空で、虚脱の中にいた。疑心暗鬼の海に沈み、光の無い世界でただ自らの命が尽きるのを待っている。
愛する者の死が生んだ絶望。
ブレンドンがハリムに何を書いたのか、どうしてハリムに手紙を託そうとしたのかは、わからない。こんな時、信じたいと思ったことを信じると言った彼女ならどうするのだろう。
残り数パーセントの可能性に僕はどうしても目が行ってしまう。
ハリムを信用すべきか、疑うべきかその結論を今出さなければならない。
僕は彼を――信じたい。
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僕はハリムの部屋の前までやって来た。彼はずっとこの部屋にいたはずだ。
僕はドアを数回ノックし、彼が出てくるのを待つ。
そして音もなくドアが開けられる。
「やあ、シャディどうしたんだ?」
その目はやや赤く腫れ、顔がやつれているのがすぐにわかる。いつもの自分を保とうと、口調を明るくしているが、隠しきれないほどに陰鬱で、悲哀の感情が伝わってしまう。
「渡したい物がある」
ハリムは絶望の海を泳いでいる。余計なことは言わず、単刀直入にその話を切り出す。僕はブレンドンの手紙を取り出し、ハリムに渡す。
「ブレンドンさんが最後にハリムに残した手紙だ。中身は見ていない」
「…………」
「僕のことはまだ信じなくていい。ただブレンドンのことは信じてほしい」
それだけ告げて僕は静かに彼の前を去る。ここで僕を信じろなどと言っても意味はない。彼が僕を心から信じたいと思う時まで、僕は待つ。
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ハリムの部屋を出て、僕は一度頭を働かせることにした。
フセインについて僕はある勘違いをしていた。
僕の中で、宇宙人の完璧主義的な性格や行動心理がフセインの昨日の言動とは一致しなかった。確かにフセインは、議論のコントロールによって人間であるクレトンとブレンドンを着実に死へと誘った。
だが投票終了後のあの狂ったような言動はどうも腑に落ちない。
だからフセインが宇宙人ではないという最悪な可能性が浮上してしまう。
今日の議論は六人。
フセインが宇宙人なら、人間サイドは四人又は五人。四人はアンジョーとクレトンが宇宙人でない時だ。前者の方が可能性として十分高い。
もしフセインが宇宙人ならあのような大胆な行動はとるのだろうか。
勿論そうでない可能性もある。
奴らが狡猾な性格の持ち主なのはわかっている。ミスリードを誘っての行動だとしたら僕の想像以上に奴らは手強い。それでもやはり昨日のフセインの言動は腑に落ちないのだ。
だから僕の宇宙人に対するプロファイリングからも現状の分析からもフセインが宇宙人であるとは考えにくい。
――フセインは人間だ。
これがわかった所で今の状況は最悪なのには変わらない。むしろ悪化した。
宇宙人サイドは必ず今日の議論でフセイン追放に誘導してくる。フセインが奴らの味方であれど、結局は他人に変わらない。
今日フセインが追放されれば、人間三人、宇宙人二人。襲撃で人間二人、宇宙人二人。人間と宇宙人の数が同数となり人間サイドの負けだ。だから今日の議論で確実に宇宙人を追放する。
それと共に明日のための布石を打つ。そのための策を僕は決行しなければならない。
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バートのオフィスであるものを採集した後、僕は食堂に隣接したキッチンへ行く。ここにならまだ彼女はいるはずだ。彼女に伝えなければならないことがある。
「ミラさん」
ミラはキッチンで食器を洗っていた。
僕は後ろから驚かせないよう優しく声をかける。
「シャディさん?」
「大事な話がある。少し時間良いかな?」
「は、はい!」
少し緊張しているのだろうか、ミラは声を張り上げて返事をする。食器を洗っていた手を止め、僕と目を合わせる。
ほんのりと赤い頬がいつにも増して、彼女の可愛らしい顔立ちに磨きをかける。
「僕のことは信じても、疑っても構わない。これから言うことは単なる事実として受け取って欲しい」
僕は誘導めいたことは言わず、今の状況からわかる事実をミラに話す。僕が決行する策は人間サイドの理解が必ずいる。曖昧なまま進めてしまうと負けてしまう。
「状況は大体理解できました」
ミラは今の状況とこれから起こり得る可能性を理解してくれた。
ミラから見て僕はまだ十分に宇宙人の可能性がある。だから作戦の内容は決して話さない。誘導していると思われたくないからだ。いや何をしてもこれから僕が行うアクションには必ず疑いの目がつく。
彼女にはせめて中立な目で僕を見て欲しい。
――ミラは人間だ。
T-001aがそれを示してくれた。ブレンドンはミラ以外に選択はあったし、宇宙人を見つけ出すことができたかもしれない。
だがこの状況で確実に信用できる人間がいるという心強さは大きい。
『追放』というゲームが誰かを疑うゲームではなく、信じるゲームだということを確信できた。
僕は今日の議論でブレンドンの希望を示す。
「聞いてくれてありがとう。今日はそれだけでいいよ」
「え? もういいんですか」
「うん」
議論で重要なのは、どんなことが起こっても柔軟に対応できる冷静さと全てのパターンを追える論理的思考能力。彼女には議論中どんなことが起こっても可笑しくはないということを伝えたかった。
そのための土台作りをした。
彼女には僕を信じて欲しい。いや今日に限っては、信じないで欲しいが正しい。
今日僕は、完璧なまでに悪に徹する。そして必ず勝つ。
「シャディさん。よくわからないですけど頑張ってください!」
準備は整った。決戦の時は近い。
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