

今回はこちらをレビューします。
第24回スニーカー大賞特別受賞作『悪感情犯罪特別対策室《バーサスフォース》~正義のヒーローは正確が悪いものです~』を改題・改稿した西村京による異世界ファンタジー小説です。
スニーカー大賞と言えば、第7回浅井ラボ『されど罪人は竜と踊る』、第8回谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』などなど。サブカルチャー黎明期を支えることとなった有名作品を多く輩出したラノベ系新人賞の一つです。
ここ数回の賞作は異世界ブームに乗っ取ったものが多く、今回取り上げる作品もまたその一つでしょう。
という訳で、レビューします。
作品情報
剣城影介。現代を生きる普通の高校生である。
ただし、常人をはるかに凌駕する腕力がある点を除いて――。
ある日、退屈しのぎに不良を狩っている最中、頭の中に声が響く。『あなたの力が、必要です......! どうか来て......わたくしたちの、世界に......!』気が付くと眼前には――異世界の景色が広がっていた!
非日常な光景に目を輝かせる影介に、召喚主の少女はある依頼を提案する。【魔王討伐後、世界を支配して居座る“転生チート勇者”たちの打倒】対等に戦える相手のいない現代に辟易していた影介は、異世界を支配した勇者に興味を持ち、依頼を引き受ける。
「小賢しい勇者は――俺が全部ブッ潰すッ!」
転生チート勇者を最強高校生が蹂躙!? 異世界ヒロイックファンタジー!
感想(ネタバレあり)
主人公・剣城影介が強大な力を以て無双する異世界ファンタジー。
と一行でこの作品を要約するなら、上記に尽きる。
主人公は強大な力を持ってしまった余りに、日々を退屈に過ごす高校生。ある日、アレスティナ帝国の王女・マリエルの求める救済により、主人公は異世界に飛ばされることになる。
マリエルの求める救済とは、過去チート能力を与えてしまったばかりに(魔王討伐のため)、故郷の帝国を支配し居座る【転生チート勇者】の掃討だった。
境遇を同じくして、異世界に召喚された速水芹香、恋ヶ瀬優衣、二人と共に、主人公は勇者打倒の旅路を始める。
異世界、俺TUEEE、ハーレム要素を多分に含み、所謂「なろう」モノに近い(尤も「なろう」モノの多くは勇者側であり、作者もその現状に対するアンチテーゼとして、勇者を打倒する側に軸を置いたものだろう)。
ギャグあり、萌えありの敷居の低さこそ、この手の作品の面白いところだ。反対に、異世界に対して広大な世界観や背景、物語を期待する読者(『狼と香辛料(電撃文庫)』etc……)とはおおよそそりが合わない作品だろう。
しかしスニーカー大賞特別賞受賞作ということもあり、文章には手堅い印象を受けた。
人称は一人称では無く、三人称。『川面』、『睥睨』、『憐憫』等(プロローグより)、幅広い語彙を序盤からこなしており、読みにくいと言ったこともない。
物語は主人公が河川敷で名も無い女子を襲う不良達を撃退するシーンから始まる。通して主人公に大きな打算は無く、端的に強者を求める性格。しかし底知れない強大な力とともに、主人公は頭の切れも良い(『問題児たちが異世界から来るそうですよ?(角川スニーカー文庫)』の序盤展開と主人公に近い印象を受けたのはきっと気のせいでは無い)。
この作品の旨みはその主人公の爽快感にある。
会話や描写(景色)に敷かれた裏を主人公が洞察で読み取り、知略でチート勇者を圧倒する。
直接相対するときには、チート能力に有無を言わせないほどの、力で圧倒する。
終盤、チート能力によって魔王と化した勇者に劣勢になるも、主人公は隠されていた更なる力を発揮し、天性で圧倒する。
レビューを書くために計二回、この作品を読み通した。あらすじ通り(売り文句通り)、無双する主人公にスカッとしながら読む若者向けの娯楽小説としては十分な出来映えであり、物語の膨らみようによっては、更に面白くなる作品だろう。
以下、気になる点を箇条書き+解説で書き連ねていく(面白い作品だったから、ひっそり)。
・あらすじの『転生チート勇者』とは一体……?
出版業界に余り詳しくは無い。故にこのあらすじを誰が書いたのかは分からねど、『転生』の二文字は大きな突っ込みどころだろう。
転生(てんせい, てんしょう)とは、肉体が生物学的な死を迎えた後には、非物質的な中核部については違った形態や肉体を得て新しい生活を送るという、哲学的、宗教的な概念。これは新生や生まれ変わりとも呼ばれ、存在を繰り返すというサンサーラ教義の一部をなす。
少なくとも物語内では、「召喚」という記述があり、それぞれの勇者の名前も日本名である。
おそらく誰も気にしない部分だろうが、転移≠転生であることだけは言っておきたい。
・展開が余りにもワンパターン……
チート勇者が悪さをしているという噂を聞く→主人公が推理し、思わぬところに犯人が!?→勇者が腕力で打倒し、「なにが起こったんだ」、「す、すごい」、「誰だお前は!?」的な賞賛を挟む。
これについては今後次第で。少なくとも第一巻(?)では飽きるような展開が何度も続いた。
・仲間二人が主人公のアクセサリー
同じ日本出身の仲間、速水芹香、恋ヶ瀬優衣。二人とも強大な能力を有し、前者は正確無比な狙撃能力(優れた五感)、後者は並外れた俊敏性である。
顔良し、スタイル良し、能力良しのヒロイン二人が、能力をこれと言って生かす展開も無く、仕舞いにはライトノベルのお約束的お色気担当としてしか機能していない。
特に後者は日本で主人公に助けられたという過去を持つだけに、伏線や布石を打ちながら少しづつ明らかになっていくと思いきや、早々にカミングアウトして、デレにデレた。
二巻以降に期待したい。
・名前について
本当に気になったことだけを。
一応、趣味程度で私も小説を書いている。その際、時間を割いて悩むのは登場人物の名前であったりする。
名前とはその人物を司る原初の個性であり、登場人物が現在に至るまでの背景であり、メッセージである。
作者とは何らかの意味を名前に乗せて、読者に届けるものだ。
主人公の名前は剣城影介。影介とはつまり、影を介す。光の届かない影の部分にも手を差し伸べて欲しいというメッセージを込めたものだろう。
影介の過去、なぜ『ヤンキー狩り』にするまでに至ったのか、人智を超えた能力について。
新人賞で大賞を取ったとしても、一巻時点で売り上げが及ばず、続刊が出せないと宣告されるラノベ作家は多い。
そして続巻が出ないということは、即ち登場人物達の死を意味する。気になる部分(良い意味でも)が多い作品であるが故に、ぜひとも続きが読みたい作品でだった。
あと一つ。
恋ヶ瀬優衣はクールビューティーキャラである(後半はキャラが半ば崩壊しているが)。恋ヶ瀬優衣の恋ヶ瀬優衣でない感が異常。