

022―ギセイ
ミラと共に朝食の片付けが終わらせ、ブレンドンの許へ向かおうとした時、食堂から何やら話し声が聞こえた。
一人はブレンドンであるのは間違いなく、もう一人の声はハリムだろうか。
「おはようございます、ハリムさん。二人分ぐらい朝食余っているんですけど、食べますか?」
ミラは分け隔てなく、その貌に笑みを宿し、明るく挨拶をする。
しかし、
「いや、今はいい。それよりも、リーナを見なかったか?」
ハリムのいつもの冷静沈着な声を荒げ、焦りの表情を浮かべていた。
「見てませんけど……」
ミラが答え、ブレンドンがハリムに新たに質問をする。
「ハリム、リーナの部屋は探したか?」
「はい、ですが誰もいませんでした」
そうして僕らは静かに察してしまう。
今日犠牲者が出てしまったことを。
そしてその犠牲者が誰なのかを。
「探してみないとわからんこともある。とりあえず探しに行こう」
僕とハリムで一階を、ミラが二階を、ブレンドンが三階を探すよう分担し、僕らはリーナを捜索することにした。
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書斎、応接間を探したがそこにはいなかった。残る部屋はパーラーのみ。
「あとはあそこのパーラーだけか。ここにもいなかったら、本当にリーナは……」
二階、三階部分を探していないので、まだ何とも言えない。
「まだ……わからない。他の人達もまだ見てないからリーナが生きている可能性は十分に……あると思う」
かなり落ち込み気味のハリムを少し元気づける。ハリムは宇宙人でないと信じたい。もし今日の犠牲者がリーナで、ハリムが宇宙人であるならば、ハリムは恋人のリーナを殺したことになってしまう。
もし本当にそうなら、奴らは想像以上に狡猾だ。
「はは、そうだと良いけど……ね……」
僕らはパーラーの扉の前に着き、ドアノブをゆっくり回す。
「――――」
「……リぃ……ナ? リーナ!?」
天井から伸びたロープで腕を縛られ吊るされた状態で、首には誰かに力強く抑えられたであろうロープの絞痕が赤黒く残っている。
死因はロープによる絞殺。
ここでの殺害かどうかわからないが、殺害後わざわざ天井からロープを吊るし、腕を縛って、この状態にしたのだろう
胸の内の小さな綻びが湧き上がるように、今僕の顔は苦渋に満ちている。
それは決して目の前の死体に対する反応ではない。
――どうして僕はここまで冷静なんだ。
ミラやブレンドンが僕に振舞うような明け透けな態度では決してないのだろう。
食欲にしたってそうだ。
昨日あんな光景を見てしまったのにも関わらず、人間らしい感覚を失っていない自分が怖い。自分の中で死が軽いものになっているような気がしてならない。
人間らしい感覚を失った自分が怖い。
順応という名の二律背反の迷宮を僕は彷徨っている。
この迷宮に終わりはない。
最後に残るのは、極限まで精神を擦り減らして、哲学的ゾンビと化してしまった生きる屍だけだ。
「どうしたハリム!?」
先ほどからハリムは叫声を上げていたようで、それに気づいた皆が続々と集まっていた。
「……今日の犠牲者はリーナさんでしたか」
続々と部屋に入り込む皆に、冷静さを掻き立てられるように、僕は静かにこの部屋を眺めていた。
宇宙人はなぜこんな面倒なことをするのだろうか。
まるでこの部屋をキャンパスに見立てて、殺人という芸術を描いている。
そう思ってもいいくらいに――整っている。
奴らにとって人を殺すことは、芸術や嗜好の類でしかないのか。
「まぁ、妥当なところかしらね」
マイアが目の前の死体に関せず、そんなことを口にする。
「何が妥当だ! 人が一人死んでるんだぞ!」
クレトンがマイアに対して、怒声を上げた。
「あら、気に障るようなこと言ったかしら。彼女は特に自分の意見は持ってなかった。票はそこの彼氏さんに合わせるだけ。標的にされても私はおかしくないと思うけれど」
「僕もそう思いますな。昨日の議論はシャディを追放するかどうかで対立した。宇宙人からしたらこの時、味方になった人は今後十分な利用価値があるから殺すことは無いでしょう。逆に議論で敵になった人を殺すことは、本人とその味方を疑われることにもなるのでこちらも殺すことはないでしょうな」
フセインがマイアに加担する。そしてそこにブレンドンも口を挟む。
「中立していたのはガレン。ガレンは議論でシャディを追放しようとしていた方を怪しいと言った。追放派に宇宙人がいるなら、追放派を疑っていたガレンを殺すことはしないだろう。逆に、反追放派にいるならガレンは同様に十分な利用価値があるだろうからこっちも標的にはなりにくい。あえてガレンを殺しに行って追放派に疑いの目を向けることもできるが、それよりももっと良い狙い先がある」
僕は議論に関する思考を意図的に避けていた。
なるべく思い出さないように。
考えないように。
やっぱり僕は皆と違って弱い人間だ。
現実から目を背けて、日常気分にずっと浸っていた。
きっと今日僕は議論で殺される。僕に出来ることはもう何もない。
「もうやめてくれ。リーナの前でその話をしないでくれ」
ハリムが目の前の陰惨な光景に脇目も振らず、議論を交わしていた彼らに対して怒りを口にする。
悲しみの表情を浮かべ、悲しみの声を出して。
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