

015―ツナガル
昨日はリアナ村の探索の為に、普段より活発に動いたからか、現在時刻は十時。
大分寝坊してしまった。
今起きたのが、この夏休み期間でなかったら、きっと卒倒していただろう。
今日が夏休みであって良かったと素直に思う。
昨日の夕食前に浴びたシャワーからずっと服装が同じだったので、さっさと着替えを済まして、食堂へ向かう。
食堂は昨日の温かい雰囲気とは異なり、何と形容すべきか、端的に空気が静まり返っている。
昨日より人が少ないのは、僕が遅刻したからだろうと考えていたが、ミラの慌ただしい姿を見ているとどうもそうではないらしい。
「おはようミラさん、何かあったの?」
ミラは僕に声をかけられ、後ろを振り返った。いつもの活発ながらもおしとやかだったミラとは違う。どこかあたふたしている。
「おはようございます、シャディさん。実は……おばあちゃんの姿がどこにもないんです……」
「えっ? どういうこと?」
ミラの言葉を脳がそのまま受け入れなかったからか、思わず呆然の声をあげてしまった。
ステラがいないとはどういうことだろう。
この村は普通の町に比べ、いや比べるべくもなく、面積も家屋の数も少ない。それなのにどこにもいないのか。
「昨日の夜までおばあちゃんはいたんですけど……」
それは知っている。僕もステラの姿を夕食の時、この食堂で確認した。
「私とおばあちゃんは、朝ごはんをいつもきっかり七時に摂っているんですけど、ずっと食堂に来なくて、部屋を見に行ったんですけど……いなくて」
「ちゃんと、他の部屋は探した? 外の家屋は?」
「今みなさんに頼んで探してもらっています」
この村のどこかにいないことはないだろう。もしそうでないなら、単純に町に帰ったと考えるしかない。
「町に帰ったんじゃ……?」
ミラは言葉を躊躇うように、何か隠したい事実があるかのように、ゆっくりとその口を開く。
「それ何ですけど……」
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目を疑うような光景に、僕は唖然としてしまう。
一体誰がこんなことをしたのか、何の意味があるのか。リアナ村の周囲は森に覆われている。
僕たちは閉じ込められてしまったようだ。
唯一の出入り口を無にされて、リアナ村に閉じ込められてしまった。
「――橋がない」
僕らが皆、この村に入るために通ってきた橋が無くなってしまった。
いや、橋が無いという言い方は正確ではない。
橋を支えるロープが切られ、その真下の板が破壊され、向こう岸に橋が宙ぶらりの状態となってしまっている。
村側にではなく、向こう岸に。だから、
――犯人は村の中にいる。
向こう岸にこの吊り橋が垂れる状態にするには、村側からこの吊り橋を切るしかない。橋を渡りきった後に、ロープを切ってもこの状態にはならない。
この村の中に吊り橋を切った犯人が必ずいるのだ。
僕は急いで食堂へと戻った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食堂へ入ると、皆の冷たい視線が僕の許へ注がれた。
「なぁ、シャディ。お前、今朝は何してたんだ?」
凍り付いた空気の中、クレトンが僕に質問を投げかける。その声は鋭く、何時にも増して刺々しい。
「ぼ、僕ですか? すいません、朝は苦手なので……」
食堂に入って、いきなりの尖り声にどもってしまう。というかさっきから視線が妙に痛い。
「あの、ステラさんは見つかったんですか?」
僕は突き刺さるような視線を受けながら、思っていたことを口に出す。
「いや、見つかっておらん」
そう答えたのは、ブレンドンだった。
「そもそも、ミラ君が最後にステラを見たのは、昨夜の十一時だ。犯行は全員に可能だったとワシは思うが」
犯行?
「ブレンドンさん、あの紙の話を信じるんですか?」
ハリムがブレンドンにそう投げかける。
紙? 紙とは何のことだ。
「すいません、紙って何のことですか?」
先ほどから僕の知らない情報が飛び交っている。僕は脈絡もなく出てきた紙というワードに反応して質問をしてしまう。
「ああ、シャディはまだこの紙のことを知らなかったね。ステラさんの部屋のデスクの上にあったんだ」
ハリムがそう答えて、机上にある何やら字が書かれた紙を僕に渡してきた。
僕は渡された紙に書かれている字を読み上げる。
「この村には二人の悪魔がいる。奴らは残虐で、冷酷だ。用心せよ、奴らは人間を殺すことに何のためらいもない。明日消されるのは私だ……」
紙にはそう書かれていた。
「あなたはどう解釈するの?」
マイアが僕に尋ねる。
二人の悪魔とは、人間の暗黒面を揶揄したものなのか。いやそうじゃない。やっぱり僕はそうは思わない。思えない。
「……実は三階の屋敷主バートのオフィスでこんなものを見つけました」
僕はある写真を見せる。
1929年の契約書が写っている写真。
正体不明のサインが書かれた写真だ。皆が僕の持つカメラの許に集まる。
「へぇ、興味深いね」
ガレンの驚きを筆頭に、様々な反応を皆見せる。
「クレトンさん、ガレンさん。昔ここの近辺で謎の飛行物体の目撃情報がありましたよね?」
これはジェイコブから聞いた話だ。リアナ村の人口消滅の前にUFOの目撃情報が多数あったという。
「あぁ、確かにあったがそれがどうした?」
クレトンが答える。
「その目撃情報が寄せられた時期って詳しくわかりますか?」
この情報を確認できれば、僕の中にある推理が完成する。点と点だけの情報が線として一つにつながる。
「うーん、ちょっと待っててねぇ」
ガレンは足元にあった鞄の中から、分厚い紙束を取り出して、ペラペラとめくりだす。
「あー、あった。あった。これだね。古い情報だからそんな詳しくはないと思うけど、1933年の5月下旬頃だよ」
これはもう確信と言ってしまっていいかもしれない。僕はカメラで撮っておいたもう一つの写真を見せる。
「これはバートのオフィスで発見した、最も新しい日付の契約書です」
1933年5月22日のある私企業との契約書。
「日付を見てください。オフィスで見つけた契約書はこれだけです」
同じウラン鉱山に関する契約書でこの二つだけしかないのは、ある意味矛盾している。
つまりこの屋敷主は前者を無視して、後者と契約を結んでしまったということだ。
僕の言わんとしていることを理解したのか、驚きの声を漏らす者もいる。
「リアナ村の人口消滅はこの契約違反が原因だと……思います。きっと屋敷主バートは喧嘩を売る相手を間違えた」
食堂には緊張が走る。
夏だと言うのに未だ暖まらない空気は静謐さを宿し、息を吸い込めば、冷たい空気が蟒蛇のように肺を廻る。
「ステラさんが書き残した二人の悪魔が何なのかはよくわかりません。だけど何となく、僕たちはバートと同じ相手に喧嘩を売ってしまった。……そう思います」
衝撃の事実を知り驚きの声を漏らす者。
親愛する人がいなくなって悲しみに暮れる者。
何事もなかったように無表情を貫く者。
自分の巻き込まれた状況にイライラし不機嫌な者。
ニヤリと奇妙に笑みを浮かべる者。
色んな人がこの村に集まり、平等に様々な考えを持っている。
「……宇宙人」
誰かの声が聞こえた。誰の声かわからない。ただ静寂なこの食堂に、無慈悲にその声だけが響き渡った。
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