011―アサ
リアナ村の朝は早い。
現在時刻は七時半頃。
マドハンのいた家屋を出て、屋敷へ戻って来たが、食堂から話し声が聞こえてきた。僕はそのまま食堂へと向かっていったが、途中でブレンドンと鉢合わせた。
「シャディおはよう。今屋敷の外から入ってきたように見えたが、調べ物でもしていたのかね?」
「いえ、朝の新鮮な空気を吸っていただけですよ」
いくらブレンドンと言えど、マドハンのことは言うことができない。それが僕とマドハンの約束だ。しかし、このまま僕たちの滞留が続けば、時期に露見してしまうことも考慮しなければならない。
対策はその内考えることにしよう。
「シャディもこれから食事かね?」
「はい、お腹が空いてしまって」
実際に朝早くから活動していたせいか、お腹の限界値は近い。ブレンドンと共に食堂へ入ると、いない面々もいるが、大方集まっていた。
「おはよう、皆」
ブレンドンの快活な声が食堂を包む。ブレンドンの声に反応して、次々と声が聞こえてくる。
朝特有の気怠さに侵されている者もいるが、所々に元気な声も入り混じっている。
それに食器のカチャカチャという音も相まって、何処となく朝というものを感じてしまう。僕は昨夜使っていた席に座ると、すぐに目の前のテーブルに食事が運ばれてきた。
「おはようございます。シャディさん、朝はちゃちゃっとベーコンと卵で作っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
僕は眼前の食事に目が惹かれてしまう。ベーコンと卵の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、油断してしまえば口から涎が出てしまいそうになるほど、本当に美味しそうだ。
「おはよう、ミラさん。昨日の夕食も美味しかったけど、この朝食もすごく美味しそうだね」
僕の心からの誉め言葉に、ミラは照れるように頬を軽く朱に染めた。
ミラの料理上手には素直に感服してしまう。
昨日から、この村に半ば強引に侵入したフセインとそれを取り締まるクレトンが一悶着起こしていたが、ミラの明るい性格と美味しい食事があれば、この村もしばらくは安泰だろう。
実際に、この食事中は皆、ミラの作ってくれた朝食に感謝し、会話にも棘がない。
「あ、あの、そういえば早朝にこの屋敷から出ていくシャディさんを見たんですけど、どうかしたんですか?」
僕の食事がすぐ出せるくらいだから、事前に作っていたのだろう。それも全員の。
ならそのための準備も当然早いはずだ。
なるほど、見られてしまったか。
とは言え、見られてしまってもどうと言うことは無い。ブレンドンと同様に誤魔化してしまえば何ともない。
ただ、彼女にだけは言っていい理由はあるが、やっぱり適当に誤魔化すか。
「特に深い意味はないよ。外の新鮮な空気が吸いたかっただけなんだ」
「そうですか。部屋の掃除が行き届いてませんでしたか?」
「いやいや、そんなことはないよ。埃は溜まってないし、物も綺麗に片付いている。十分すぎるくらいだ」
「なら良かったです。それじゃあ召し上がってください」
ミラのにこやかな笑顔が僕に一時の至福をもたらす。炊事洗濯に掃除。どれも完璧ながら、可愛らしい容姿も持つ。才色兼備という言葉が似合う女性だ。
「それじゃあ、食べよっかな」
僕は手に取ったフォークをベーコンへと突き刺し、口元へと運ぶ。感想はもはや言うまでもない。
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腹ごしらえを終え、一度部屋に戻る。
今日すべきこと、ノルマは既に果たした。
謎の視線の正体を見つけるのはもう少し時間が掛かると思っていたので、午前の内、それも朝食までに見つけ出せたのは、十二分の成果だ。
それにしても、この屋敷は本当に広い。食堂からこの部屋の距離まででも大分歩いた。
今日はこの屋敷を探索しても良いだろう。となると、まずは一階から探索でもするか。
きっとこの村を知るためのいい手掛かりがあるかもしれない。
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