

009―ショウネン
何とも間抜けな姿だろう。
さっきの僕の緊張感との落差で、目の前の齢十三、四ほどの少年の寝顔が阿呆に見える。
口をぽかんと開け、少し涎も垂れている。少年らしい無邪気と言えば無邪気なのだが、やっぱり間抜けな寝顔だ。
寝顔というのは、その人間の本性を現してしまうものなのだろうか。
僕の寝顔も目の前の少年のように、お粗末に映ってしまうのなら、気を付けなければならない。
そんなことを考えている内に、緊張の糸も切れてしまった。目の前の無邪気な少年を起こしてしまうのは気の毒だが、聞かなければいけないことも多い。
僕は少年の肩を軽く揺すり、その意識を覚醒させようとする。
「おい、起きろ」
肩を揺すっても、起きる気配がない。若干寝不足気味な僕と違って、ぐっすりと満足そうな表情の少年に軽い苛立ちを覚える。
少しだけ声を荒げ、強引に起こそうとすると、やっと僕の声に反応する。
「……もう……たべられないよぉ……」
何とも間抜けな寝言だろうか。
フィクションでしかお目にかかれないような、寝言を現実で使っている人物がいるとは、呆れを通り越して感動すらする。
「おい、起きろ」
さっきと同じ文言を、より声を大にして飛ばす。
「……うわっ。誰だ、お前!」
「僕はシャディ。いきなり起こしてすまない」
無邪気な寝顔を目覚めさせてしまった良心の呵責からつい謝ってしまう。が、本来謝るべきは目の前のストーカー少年だ。
聞きたいことは全て答えさせ、きっちり落とし前を付けてもらおう。
「お、お前は」
少年は僕が誰か気付いたらしい。起きてわずかのその回らない頭に、直接質問をぶつける。
「なぜ僕をつけていた?」
「……そ、それは」
言い淀む少年。僕をつけていた理由をそんなに答えたくないのか。そもそも僕たちは他人同士だ。少年は昨日から僕を知っていたのかもしれないが、僕に限ってはこの少年を知ったのはつい三分前くらいだ。
「答えたくないのか……」
「…………」
少年は沈黙を続ける。どうしても答えたくないらしい。
なら、少し別のアプローチをかけてみることにしよう。
「君は元々ここにいた人間か? それとも何か理由があってこの村に来たのか?」
僕の中では前者も後者も可能性としては五分五分。
この村には、豊かな森に、綺麗な川もある。少し遠くはあるが、町だって走っていけない訳ではない。NASAの監視も三百六十五日行われている訳でもない。
時々来る監視の目をかいくぐれば、前者も可能だ。
後者の可能性はあまり考えたくない。
「…………」
まだ沈黙を続けるらしい。強引な手だが、これはどうだろう。
「今、僕はこの村の調査をしている。君が誰なのかわからないが、僕は君のことを報告しなきゃならないだろうね」
前者にしても後者にしても、この少年は僕らから隠れている。きっとこの手は効くはずだ。
「ッ……」
反応を察するに、どうやら図星らしい。この点を掘り下げて、追い打ちをかけてもいいだろう。
「もし君が何も話さないなら、僕はこのことを屋敷にいる皆に報告することになるのかな?」
「そ、それだけは、やめてくれ」
そうすれば沈黙を破り、やっと口を割った少年。
ここまでは序の口だ。これからこの少年には、知っていること全てを吐いてもらう。
少し呼吸を整え、一つずつ聞いていく。
「君は誰だ?」
まずはこの少年の出自から聞くことする。
「お、おれはマドハン……隣町の中学生だ、です」
人のことは言えないが、物凄くたどたどしい言葉使いだ。そこまで威圧してしまったのだろうか。しかし、中学生だったとは。
「中学生の君が、どうしてこの村にいるんだ?」
こうなって来ると残念ながら後者、すなわちこの夏休みを使って、この村に来た可能性の方が大きい。
またしても――偶然なのだろうか。
僕じゃその理由はわからない。マドハンの口から言ってもらうしかないようだ。
「……おれは、この村のことを知りたいんだ」
さっきの間抜け顔からは想像できないほど真剣な顔をしている。
マドハンにとってこの村はそれほど価値があるものなのか。
この村には何があるのか。
「この村には昔、じいちゃんが住んでた。おれはこの村のこと、じいちゃんのことを……」
マドハンの祖父。リアナ村の人口消失はマドハンから見て曾祖父ぐらいの世代だろうから、マドハンの祖父がこの村にいたのは、幼少期から青年期ぐらいのことだろう。
マドハンはポケットから何か石のような物を取り出して、僕の眼前に突き出す。エメラルド色の綺麗な鉱石だ。
「おれは村のこと、じいちゃんのこと、そしてこの石のことを知りたい!」
純真無垢なその瞳に宿る熱意と闘志。少年はグッと手を握り締めて、力強く言葉を発した。
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