

005―イリグチ
窓から見えていたネオンの光輝く巨大な近代建築も、暖かみの残る伝統的でお洒落な街並みも、今では単なる荒野と化していた。
強いて例えるならウエスタン調とでも言えばいいのだろうか。
これと言った建物も自然もない。あるのは、一面に広がる赤土と丘だけだ。
ジェイコブとの一件後、一度だけブレンドンと電話越しでだが、会話することができた。
ブレンドンは僕の想像するような、噂で聞くような、明らかな奇人ではなかった。
自分が興味を持ったものをとことん追求し、フィールドワークを重んじる科学者の鑑のような方だった。どうやら先生の言葉は皮肉であって、皮肉でなかったようだ。
ブレンドンが変人と言われる所以は、度を越した熱意とそのベクトルなのかもしれない。
そこが僕に似ている、らしい。
代わり映えのない風景をずっと眺めていても、退屈しのぎにはならない。
僕は長時間の移動に心身ともに疲れてしまった。しかし、地平線のどこにも緑は見えず、旅客列車での旅はまだまだ続くのだろう。
今回の実地調査兼小旅行で全ての時間をブレンドンと共にする必要はないらしい。ブレンドンは先にリアナ村に向かっており、今頃はもう着いていることだろう。ブレンドンがここにいないのは、気が楽でいいが、ここまで退屈を持て余してしまうと、話し相手が欲しくなってしまう。
まだまだ旅は長い。少し仮眠でも取っておこうか。
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長時間同じ体勢でいたからか、背中と腰が痛い。
今は個人タクシーを手配して、更なる奥地へと進んでいる。タクシーを利用しているのは、リアナ村への移動手段がタクシーしかなかったからだ。バスも電車も走っていない。
それほどリアナ村は、控えめに言っても、過疎っている。
「お兄さん、ほんとにあの村に行くのかい? 止めといた方が良いよ」
タクシー内に重低音の声が響く。バスドライバーからの忠告。
日々、多くの、多方面の客を乗せる情報のプロからの忠告だ。そんな情報通を不安にさせるほどのものが、あの村にあるのだろうか。
「実は僕、全国のゴーストタウンを写真で撮るのが趣味なんです。情報の出回らない今回の村には結構、期待しているんですよ。あの村には、何があるんですか?」
流石に宇宙人、人が消えた村の調査に来たとは言えない。理由を誤魔化して、何か実のある情報を聞くことにした。
「あの村はね。えーっと、あの村は、何だっけ?」
タクシードライバーはその後沈黙し、僕の欲する情報を口に出すことはなかった。もしかしたら、NASAに口止めでもされているかもしれない。
地元民なら多少、人の消えた村については知っているはずだ。きっと今まで地元民から情報が伝播しなかったのは、NASAが裏で情報を規制していたからだ。
あの村のことを口に出したらNASAに消される。
なるほど、フィクションらしいと思ったが、あの巨大組織のNASAならあり得なくもないと妙に納得してしまった。
「そうですか、さすがに情報が出回らないだけのことはありますね」
そう言って話を切り上げる。これ以上聞いてしまうのは可哀想だ。
その後、数時間の移動の末に、リアナ村一歩手前のところまで来た。
辺りには霧が立ち込め、視界はかなり悪い。木々が生い茂り、道がなければ迷ってしまいそうだ。
そして目の前には、大きな橋がある。コンクリートで作られたような丈夫なものではなく、木材で出来ている。このタクシーでは橋は通れないだろう。
それは橋の前のちょっとしたスペースに停められている《《三台》》の車からもわかる。
一台はおそらくブレンドンのもの。もう二台は誰のだろうか。もしかしたら、ブレンドンが他にも誰か連れてきているのかもしれない。
「お兄さん、ここまでだよ。昔は橋を抜けずに行けるルートもあったんだけどね、今は道を整備する人が誰もいなくて、この橋がリアナ村に行ける《《唯一》》のルートだよ」
僕は適当にお礼と会計を済まし、タクシーを降りた。
そして降りてみてわかったがここは本当に静かだ。
今、聞こえるのはタクシーが離れていくエンジン音に、森に棲む小動物の鳴き声、どこからか聞こえる川の流音、それだけだ。
都会で暮らしていては、味わうことのできない静穏だ。それに空気がとても冷たい。ここの標高とこの雰囲気も相まって、どこか不気味さを感じさせる。そんな冷たさだ。
ゆっくりと橋を渡って行く。高所はあまり得意でないため、しっかりと橋を支えるロープを握り、少しずつ前へと進む。
下を覘くと、大きな川が流れていた。とても流れの速い川だが、綺麗な清流だ。恐怖で脚が若干震えてしまうのを抑えながら、前へ進んで行く。
やっとのことで橋を渡り終えて、前方にあるボロボロになった人工物を見つける。
おそらく木材で作られたこの村の看板だろう。塗料が剥がれ落ちているが、かろうじて字を読むことが出来た。
「リアナ村……」
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