

000―プロローグ
「ふざけるな! どうして俺なんだよぉ! 嘘だと言ってくれよぉ」
男の怒りと悲愴に満ちた甲高い声が辺りに響く。
――阿鼻叫喚。
まさに僕の目の前の光景を形容するに相応しい言葉だろう。その男は露骨に相貌を苦渋で滲ませ、蟒蛇の空気は冷たく肌を障る。
僕の隣にいる初老の男が単身銃――木材部分を光沢で覆っていたであろうニスは剥がれかけ、対して金属部分は鈍色にひずむ、年季の入った猟銃と呼ぶべきだろうか――に銃弾を詰め終わり、銃口をその男へ向ける。しわくちゃのその指を引き金にかけ、静かに口を開いた。
「ワシらも本当はお前を殺したくはない」
年季の入った優しく諭すような声色。平原に佇む樹木のような温かみ。しかしながら発狂寸前の男にその言葉は届かない。
「やめてくれぇ。まだ死にたくねえよぉぉ」
男は自身に向けられた銃口の殺意に気付き、がくがく震える脚を必死に動かし、僕らの前から逃げようとする。その声は悲痛に死を訴え、傀儡のように、不器用に、不躾に、足を動かしていた。
脳内を支配する刹那の欲望だけが彼を動かしているようだった。
「うわあぁぁあ――」
パアァァァァン!
単身銃の銃口から放たれる無慈悲な爆発音が虚空を裂く。背を向けた男の左肩に鉛玉が食い込んでいく。血しぶきが吹き荒れ、男は前方へ倒れた。
昨日聞いた銃声音。見た赤いしぶき。しかし昨日ほどの嘔吐を催すような不快感はない。
僕はこの光景に慣れてしまった。慣れてはいけない光景に慣れてしまった。順応してしまった。
――なるほど人間もたいがい恐ろしいじゃないか。
炎陽はとうに地平線の向こうへ沈み、辺りはすっかり夕暮れ。夜の始まりを告げる黄昏のサインが僕の心を揺さぶる。
僕は選択を誤ってしまったのだろうか。
――一票の重み。死の軽さ。
この村に来てから何もかもがおかしい。
パアァァァァン!
二度目の銃声。初老の男が確実に息絶えさせるために放った二度目の弾丸。そして激昂した声で言葉を殴り捨てた。
「宇宙人さえいなければ……クソッ!」
男の死で静まり返る僕らを置いてけぼりにするように、その言葉は残響し、独りでに去って行った。
――そう宇宙人。僕らを狂わせたすべての元凶だ。
ここまで陰惨で、悲惨な出来事を、ただの宇宙オタクだった数日前の僕はきっと想像もしないだろう。長期休暇に珍しく心を躍らせ、未知との遭遇に期待を抱いていた日。
その日から全てが変わる。
これは僕たちと宇宙人の、希望で始まり、絶望で終わる物語。
『汝は宇宙人なりや?』
次回