【第八話】少女×秘密=愛?【R18】【オリジナル小説】

第八話――Who am 愛?

 肌を伝う体温おんどが心地良い。

 胸板に乗った真白い肉感に、うずうずと、熱い衝動がせんを描いて湧き上がって来た。もう少しこうして人肌の優しさに触れていたいと思う束の間、奈月は物悲しげに上体を起こした。

 ――私の大切な人になってくれるの?

 その表情かおは微笑んでいた。リフレインする切ない響きに、儚げに俯いた彼女の姿を想い出す。

 奈月彩華の心は霧のかかった迷路の如く、簡単に理解できるものではない。それは彼女が他人に対し、心を閉ざしてしまっているからだ。不意に正直な自分を晒してしまうこともあるだろう。

 だがその心の片鱗は夢幻の蝶じみて、ふと眼を離すと消えてしまう。

 故に彼女は儚い。

「……んんっ。どう綺麗でしょ?」たおやかな両指が女の秘裂へと伸びた。発展途上の乙女だけが見せるという薄桃色の恥丘を引っ張り、濡れそぼった割れ目を露出する。

 一切の淀みがない純然としたサーモンピンクの花園。包皮の下から恥ずかしげに顔を覗かせる桃色の淫核は、膣口から水飴のようなよだれを垂らした。

「立宮くん、いつか私は……この日を後悔するときが来るのかしら?」

 膝立ちになった奈月の手が怒張した肉茎を掴む。ソレは少女の蜜園の許まで誘導され、しとりと愛液の雨を被った。

 血が通い、脈動する。心音が秒針を越える。

 それは踏み越えてはならない一線だ。彼女のためにも、そして己のためにもまだ留まることはできるはずだ。

 一瞬後の快楽に期待が渦を巻く。手招きする熱情に視界が目映く明滅する。

「……………………」

 長い沈黙だった。彼女を肯定することも、否定することもできない無意味な時間だけが、唯々過ぎていく。

 このまま為すがままに翻弄されるのも悪くないと思う、己の劣情が何よりも憎かった。

「ふふ。それじゃあ…………れるね」

 男のかたちが少女のかたちをなぞる。奈月は指で包み込む肉々しい屹立を、淫唇に狙いを定め、触れるか触れない程度の生暖かい距離感で手を止めた。

「……んっ。私の処女はじめて、受け取ってよね――――あ、っんん!」

 腰を屈め、穢れのない桃唇が男を受け入れていく。亀頭をぬぷぬぷと呑み込んでいく少女おぼこの快楽に、声が漏れそうになるのを必死に押さえ付けた。

「んんっ! はぁ……はぁ……ん、あつい。あっ!……んふぅ」

 奈月は腰を落とし、屹立した肉棒を受け入れようとするも、その動きはどこか拙い。悲痛に曲がった彼女の貌からもその様子は容易に見て取れた。

「はぁはぁ……い、あっ! はぁ……たてみやっ……んんっ、くん……ん! ああ!」

 強く引き締めるにくひだ。押し入れる灼熱を拒む突っ張るような抵抗感。それは正しく彼女が少女であることを裏付ける一つの証しであったに違いない。

 鈴口がその突き当たりと接触し、彼女は屈めていく腰を一度制止した。

 呼吸を繰り返しては、異物の入った陰唇に力を込めた。あえかな喘ぎ声か、はたまた叫声か、夏本番を待つ蒸し暑い体育倉庫に、彼女の乱れた息遣いが響く。

 しかし痛みを堪えて、それでもなお彼女は突き進もうとした。

「んっ、ああ! いたい……はぁ、ああ! ん!……はぁはぁ……」

 初体験に痛みを感じない女性も、対して痛みを感じる女性も共に存在する。深く考察するまでもなく、彼女は後者の人間なのだろう。

 引き千切られてしまうのかと思うほど、膣内はぎゅうぎゅうと締め付けてくる。そんな初体験の緊張からか、分泌液の出も悪くなり、次第に襞肉も乾き始めた。

 奈月の上体が立宮の胸板へ倒れ込む。嫋やかな白腕が拠り所を探すように、立宮の肩へとしがみついた。

「ああっ……はぁ……はぁ……いたぃ……」

 小さな手が爪を立て、肌に食い込んでいく。皮膚下に血が集結し、赤みを増していく。

 痛い、痛いがしかし、十分に堪えることはできる。彼女の痛みとは比べるべくもないはずだ。

「奈月、」彼女と目が合った。彼女の眸からは一筋の涙が流れていた。

「深呼吸だよ。ゆっくり吸って、吐いて」

 立宮の言葉に呼応するように、奈月は深呼吸を始める。

「爪は立てても構わないから、腰から下だけは脱力したまえ。緊張でこわばっていては、楽しむものも楽しめないだろう?」

「……うん……」

 骨盤底筋が痛みと不安で固くなっている。軽度ではあるが、ちつけいれんの症状に近い。それ故に屹立を押し込めることも、引き抜くことも難しい。

 まずは彼女の心を落ち着かせるところから始めねばならない。

 大切なのは己の相棒を決して萎えさせないこと。それは解決法として愚の骨頂に尽きるだろう。そうでなければ、彼女の女性としての尊厳を傷つけ、一生物のトラウマを与えかねない。

 大丈夫。美しい肢体なら目の前にある。

「すーぅ……はぁー……すぅー……はぁ……」

「どうだろう? 落ち着いてきたかね?」

 膝を曲げ、太腿を浮かし、屹立の位置を固定したまま、彼女を前傾姿勢に持ってくる。朱く濡れる彼女の貌が首元にもたれ掛かり、相変わらず彼女の腕は肩にしがみ付いていた。

「すーぅ……はぁー……すぅー……はぁ……たてみやくん……ん」

 荒かった息遣いが次第に柔らかなものへ。強ばった全身の筋肉も解け始めた。陰茎を締める肉路にも潤いが戻り、幾分か動きやすくなる。

「奈月、ゆっくり焦らなくていい。自重に任せて、少しずつ腰を落としていきたまえ」

 引き抜くことも出来ただろう。しかしそれは彼女のためには決してならない。もしここで痛みを伴ったまま引き抜けば、性行為は拷問であると彼女の深層意識に刻みかねないからだ。

 そして何よりも彼女の膣がそれを否定する。ナカで感じることが出来るという才能さえあれば今は十分だ。

「……んんっ……ふー、あっ。すぅー、っんん!」

 異物を受け入れようと汗垂れる体躯を沈めていく奈月。粘性のあるうるみが先端に絡みつき、ぶち当たっていた壁をくぐり抜ける。

その粒立ちの多い猫の舌のような恥芯。その上、起伏の豊かな肉襞がうごめくように茎幹を貪った。粘り気をいて、ぜんどうを繰り返すその吸着感。

 吸い込まれるような最奥への誘いを頬の内側を噛み、何とか持ちこたえる。

「ああっ! ちょっとまって……あんっ! はぁ……」

 手を縛られている以上、こちらからは何もしてやれない。ただ彼女は痛みの境地を越えたようで。沈んでいく体躯の速度が上がった。

 悲痛に歪んだ表情が、徐々に女の貌に変貌していく。

「……んん。はぁはぁ……なにこれ……ああん!」

 首元にもたれ掛かっていた彼女の貌から唾液が垂れて来た。これ一回のことではなく、先ほどから何度も浴び続けたものだ。しかし不思議と不快感はない。

 そればかりか風呂上がりに発する柔らかな石鹸のような香りが嗅覚を刺激して、劣情を催してしまいそうになるほどだ。

 「ああ!」宵に吠える獣の如き鳴き声で、桜色の唇がわななく。短い亀裂から、脈打つ肉棒の隙間を縫って蜜液が溢れ、より一層、押し入る肉竿にぬめりを与える。

 ぬぷぬぷと呑み込んでいく。

 亀頭までしか咥えることの出来なかった少女の恥裂が、男の欲望を呑み込む淑女の蜜壺へと変わり。

「んんっ、あん! たてみやくん! おく、おくまできてるぅ!」

 遂に猛った男のモノを全て受け入れた。

「……っ!」

 年若き二人の男女を繋ぐ深い結合。突き刺した肉茎をぎゅうぎゅうと膣肉が締める。生暖かい悦楽に、立宮は思わず声にもならない吐息をこぼしてしまう。

「たてみやくん、これきもちいい……すごくきもちいいの」

 子宮口と鈴口が相対し、キスをする。その初めての感覚に彼女は心酔するようにして、腰を浅く上下させた。子宮口が惜しむように鈴口を離れ、やがて二つは出会い一つとなる。

 痛みとは明確に違う感覚。

 正しく強ばって侵入を許さなかった彼女をほどいたのは、快楽そのものだった。

「んあ……ぅう……ぅん!……ぁ……ああっ……ん!」

「なつき……もう、動いて大丈夫かね?」

「わかんない、わかんないけど……んぅ……はぁ……奥がじんじんして、きもちいい……っあん!]

 子宮口と鈴口が軽く触れ合うだけだった緩やかな抽挿が、激しさを増していく。立宮の肩にぎゅっとしがみ付いていた白腕を立宮の腹部にあてがい、体重を乗せて臀部を動かす。

「んあぁ……くぅ……はぁ、あぁ……ああ!」

 腰を上げて落とす。腰を上げて落とす。

 気持ちいい箇所を気持ちいいままにける。

「……ぅ……んあ!……っ……あんっ!……すごいとこ……あたってる……っああ!」

 立宮自身もそんな大雑把な刺激を期待するように、猛った肉杭を脈動させる。しかし先ほどまで少女おぼこだったとは言え、相手は足りない経験を人並み外れたセンスで補ってきた奈月だ。

 半ば無意識の内に、乱雑だった抽挿は次第に洗練され、統一されたリズムを生むようになった。

 くちゅ……くちゅ……くちゅ……くちゅ……ぐちゅん……。

 こん々(こん)と溢れ出る華蜜を伴って、四浅一深のリズムで男の逸物イチモツを愛撫していく。

 程よい肉付きの真白いそうでんを浮かせ、入り口を雁首でこする。最奥に切なさを感じれば、媚肉を割って裂き、子宮口で先端を受け止める。

「……ああ、たてみやくん……これいいっ……大きくていろんなところ……っあ……すごくこすられて……おしるがたくさんっ、ああ! でちゃうのぉ!」

 思い思いに蠢く媚肉の愛撫に、総毛立つほどの快感を覚える。そして彼女も初めての性行為に慣れを感じ始めたのか、自身の快楽を二の次に、男を悦ばせる抽挿を念頭に置くようになる。

 彼女に余裕を持たせてはならない。

 それは今し方の口淫でいましめとしたはずだ。

「んふっ……たてみやくんも……ああっ、どう?……気持ちいいの?……はぁ、あんっ!」

「ずいぶんと……ぁぁ……楽しそうだね……君は」

 性器全体が男根を包み込むように熱いぬめりをたぎらせ、一つ一つの肉襞はバラバラに肉栓をなぞる。脳裏をよぎる真白き刹那の閃光。快楽の高みへと至るきざはしを、一歩ずつ昇っていく。

 くちゅり……くちゅり……ぐちゅぐちゅ……。

 ――腰を動かしても良いのよ?

 熱情を訴える彼女の艶めくまなじりが劣情を誘う。その表情かおは紅潮し、笑顔は汗だくになって濡れる。高みへと手招きするようないんさと、お嬢さま然とした彼女を表す清楚と華麗。

 相容れないイメージを神妙に兼ね備えた彼女の相好が、脳に麗しき艶姿を焼き付けた。

「んはぁ……きもちいい……はじめてなのに、きもちよくなって……っあ!……たくさん感じてるぅ!」

 慣れ始めた四浅一深のリズムが崩れ始め、男をもてあそぶように腰の動きは不規則に乱れていく。

 重力に任せたピストンに、前後の運動が加わる。

 生暖かい媚肉が執拗に最奥に達した雁首をえぐり、臀部は白蛇のようにうねり、くねらせ、視覚的にも情欲を煽る。

 新しく増えたバリエーションに、彼女の将来を末恐ろしく感じるも、やはり一瞬後の快楽のことにしか脳髄は反応しない。

 絶頂の兆しだけを知覚し、それを堪えることで彼女の真白き肉感を心ゆくままに堪能する。

 快楽は十分に得た。後は理性のトリガーを引くだけで、熱い弾丸が瞬く間に発射されるだろう。

「ぁあ! んあぅ!……いい!……っあ、っあん! たてみやくん!」

 どうやら奈月も限界が近いらしかった。蠕動する膣襞が押し入れる肉杭に吸い付こうと締め付けを増す。とろけきった悲鳴を高く上げ、傍若無人に、蒸し暑い体育倉庫に女の嬌声が反響した。

 彼女の美貌に苦悶と悦楽が刻まれ。しろすみれのロングヘアーは右に左に降られ、蛇の如く乱れ舞う。

「……ああ……だめ、たてみやくん……わたしもう、イキそう……あんっ」

 劣情を煽る不規則なリズムが快楽を打ち付けるための単純な律動に変わる。その前後運動は今までのどの行為よりも激しい。

 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。

 濡れそぼった蜜路を渡るくちゅりという水音が、肉と肉とを打つ強烈な破裂音へと変わる。制御を失った工作機械のように、猛烈な抽挿が繰り返され、汗と摩擦と激しい運動で二つの性器は灼熱を上げる。

「……待ちたまえ……なつき……このままでは……」

「いいのぉ……このまま、白いの出して!……わたしのなかで、ぜんぶ出して!」

 精を待つ一つ一つの肉襞が淫らに蠢いて、膣口に逃げた怒張を最奥へと引きずり込む。ぱちんと破裂音に直下、鈴口が子宮口が何百度目の再会を果たす。

 そして淫肉の歓待を避けながら、子宮口でかるむ愛蜜を押し出して飛び散らせる。

 奈月の身体が弾む度に、反り返ったモノが収縮する膣の餌食となり、呑み込まれる。

 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。

 休息のないリズムが体育倉庫に反響し、長い尾を引く。脳裏から快楽の閃光が火花のように散り、視界を白と黒に明滅させる。

 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。

 ああ、また為すがままにイかされてしまうのか。それは男としての矜持だったか、このまま淑女に主導権を握られたままではいけないと無意識下で沸き立った熱情が屹立の脈動を速め、昂ぶり猛っていく。

ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。

 背骨を甘美すぎる悦楽が通り過ぎていく。身体が面白いように弓なりに反って、熱い飛沫しぶきの奔流を今か今かと待ち侘びる。

 「…………」迫り来る快楽の波にいよいよ声も発せない。しかし最期くらいは足掻いて見せよと、悦楽の下で影を潜める男の自分が無意識下に放流の瞬間を耐えていた。

 ――ならば足掻いてやろう。

 いきり立った怒張が猛りを増し、弓なりに腰を浮かす条件反射の反動を利用し、膣口でたむろする男の屹立を最奥まで突き上げた。

「えっ? ああああああぁぁ! ダメ、たてみやくん! あん! ああ! ぁあああ! これ激しすぎるぅぅ」

 淫肉を割って裂いて、子宮口を潰すような勢いで押し上げては、腰を引いて雁首で襞を抉っていく。幾ばくか自分より余裕があった奈月の情欲に溺れる貌を見て、更にその動きは加速する。

「なつき! 君もそろそろ……ああ……イったらどうだね]

「まってまって、んああ! だめだめだめ……んっ……イくの、イきそうなのぉぉ!」

 その言葉に呼応して、最奥まで怒張を切り開いていく。

 ぱちん!

 渾身の力を込めた最期の一撃。肉襞が強く屹立を締め上げるのを確認し、静かに男としての勝利を悟った。

「イっくううううううぅうううううううううううううううううううううう!!」

 根元まですっぽり覆う膣肉がバラバラにほどけ、逸物を舐るように吸着する。

 刹那、真白い閃光が視界で弾けた。奈月の後を追いかけるように、己の身体も絶頂の時を迎える。

 びゅるびゅるびゅるびゅるびゅるるるるるるる!

「あああああああぁぁぁ! わたしのなかですごいあばれてるぅぅぅ!」

 子宮に爆発したスペルマを何度も浴びせる。後先のことなど考えていられない。身に染み渡る快楽の甘さに脳が痺れて、第一波を越えても屹立を子宮口に押し付けていた。

「……なつき! はぁはぁ……」

「はぁはぁ……あん! もうだめぇ、ゆるして……」

 奈月の真白い身体が胸板へ倒れる。陸に打ち上げられた瀕死の魚のように、びくびくと震えながら、酸素を求めて呼吸を繰り返す。

 時々なまめいた喘ぎ声が聞こえてくるのが、出し切ってあまちする肉棒を誘っているようで、何ともこそばゆい。

 本当に彼女と関わりを持ってしまって良かったのか。

 賢者リラツクスモードに入った脳髄が不意に、忘れかけていた小さな靄を思い出す。解は一向に出て来ないが、少なくとも己の身体はこの選択に後悔はないと納得しているのだろう。

「奈月、君は…………」

 体育倉庫に響く一つの寝息。激しい抽挿による疲れや緊張が相当に溜まっていたらしい、奈月は胸の上で心地よさ気に、小さな寝息を立てながら健やかに眠っていた。

 彼女を起こすのを良心が咎め、天井の染みを数えては、四方で張られる鉄骨を目で追う。

 全く君という人はどこまでわがままなのだろう。

 彼女の愛らしい寝顔に、脳内を覆う靄が途端に霧散した。考えるのも馬鹿らしくなり、一息吐きながら、静かに瞑目する。

 今はただそんな甘美すぎる愉悦を、何よりも、楽しまずにはいられないのだ。

          § § § § § § § § § §

 眼を開けるとそこには空が広がっていた。

 茜色の綺麗な空だ。

「――ここの街はいつみても美しい。そうは思わないかね?」

 私は声が聞こえた方に顔を向ける。

 ここは屋上だろうか。金網に手を付き、どこかノスタルジックに遠い空を見つめる孤高の少年。

 立宮篤人がそこに立っていた。

 私は彼と……。数時間前に見た淫猥な景色が、私を羞恥の海に沈める。

 だがここは屋上だ。おまけにいつも通り制服も着ている。おそらく彼が寝ている間に全てやったことだろうが。何だか下の方の処理もさせてしまったようで、もの凄く気恥ずかしい。

「そこにお茶があるから飲むと良い。少しは気分も良くなるだろう」

 なるほど。私の横に置いてあったこのペットボトルは彼が買ってくれたものだったのか。確かに今は喉が渇いている、それにあんなことがあったせいか身体が気怠い。

 気恥ずかしさから〝ありがとう〟の一言も言えなかったが、そんなこと彼は全く気にしていないようだった。

 私は直ぐさま蓋を取り外し、贅沢にその潤いを喉に押し込んだ。

 ああ。火照った身体に水分が染みこんでいく。美味しい。

 喉を潤した私は立ち上がり、重い脚を前へ前へと進めていく。向かうのは彼の隣だ。

「ねえ。私は……変われたのかな?」

 私は彼に問いかける。なぜ私は私を壊そうとしたのか。それは周りの人間全てが本当の私を見ていなかったから。誰もが結果を、表面を褒め称えたが、その中には一人として私を見ていなかったのだ。

 私は愛されたかった。道具としてではなく、一人の人間として。

「いや、そう簡単に人は変われないのだろうね」

 その言葉に思わず拳を強く握ってしまう。私のやったことは何の意味もなかったのか。

「この街はいつ見ても美しい、そうだろう?」

 ああ、確かに綺麗だ。ただその質問の意図は掴めない。

「変わらなくとも美しいものなど何処にでも存在するのだよ」

「え?」

「そもそも人間は順応する生き物だ。そう簡単に変われるのなら、人間は今頃遠い宇宙の星で呑気にだんらんでも楽しんでいるのだろう」

 なら何のために私はあんなことをしたのだろうか。それは私がそこに意味を見出したからだ。私が一番大切にしてきたものを失ってしまえば、きっと何かが変わると信じたからだ。

 彼は私を否定する。その言葉がどうしても許せない。

「それじゃあ、あなたは……私に変わるなって言いたいの? ロマンチスト気取って、君は変わらない方が美しいって、そんなことがわざわざ言いたいわけ?」

 怒号に乗せて、私は彼を攻め立てる。彼だけには私を否定して欲しくはなかった。でなければ私の初めては本当に何の価値もなかったことになってしまう。

 薄っぺらくても良かった。〝君は変われたよ〟たったその一言が欲しかった。

 私の大切な初めてを捧げた人だから、彼だけは私を否定して欲しくなかった。

「いやいやそうではないよ。変わらないとはつまり停滞するということ。進化の対義語は停滞だ。停滞すれば本当の意味で人間は終わってしまう。人間は変わらなければならない生き物なのだよ」

 意味が理解できない。変わるなと言えば、その次には手の平を返して、変わらなければならないと言う。その矛盾が私には解消できない。

「この変わらない街がなぜいつも美しいと感じるのか。そこには必ず理由がある。君はなぜだと思う?」

「…………」

「正解は……あそこに新しく家屋が建ったからだ」

 ん? 何かを言い間違えたのだろうか? 腑に落ちない答えに思わず拍子抜けしてしまう。それでもなお、街を眺めながら嬉しそうに微笑む彼に、その先を聞かずにはいられない。

「どういうこと?」

「一週間前、君と屋上で言葉を交わしたね。その時にはまだあの家屋は完成していなかった。それと夏休みが近づいて、路地を歩く子供も何かと楽しそうだ。樹木がより一層緑に染まり、やたらと蝉の主張も激しい」

 彼と目が合う。その双眸はやはりいつも何かを見抜いていて。しかしあのぞっとするようなれいさはもうなかった。

「変わらないものの中にも、小さな変化は存在する、ということだよ。この街には四季があり、人がいる。この街を変わらない美しいものだとと感じるのは、何時だってそこに見る者を飽きさせない小さな変化があるからだ。しかし全ての人間がその変化を感じ取れるかというと、きっとそうではないのだろう」

「…………」

「人は変化というものを得てして隠してしまうものだ。だからその小さな変化を受け止める人間は、自分が心から選んだたった一人でいい。故に、君に必要なのは自分自身を悉く潰してしまう大きな変化ではない。昨日の自分より一つ歩を進める小さな変化と、その小さな変化を受け止める見る者の存在だよ」

 堪え忍ぶように唇を噛み締める。心の内側から湧き上がってくる衝動は、怒りなのか、涙なのか。それすらわからないほど、私の心は混濁していた。

「ワガママなお嬢さまに一つアドバイスをしよう」

彼はそう言って、楽しそうに笑った。

「もう楽になれば良い。独りで抱え込む必要はないのだよ。この世界には君の嘘を受け入れる人間もいるのだから」

 感情が氾濫する。津波のように押し寄せる感情が一滴一滴、結露となり眦から溢れ出した。

「…………っ……ぅう……ううぅ……うあああああああ!」

 角膜に涙が張り付き前が見えない。しかし彼はポケットからハンカチを取り出し、直ぐさまその雫を拭った。

「君には涙は似合わないよ。もっと笑っていたまえ、レディー。

 君は――微笑みの天使だ」

 

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